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2つめのすき「言葉にするには恥ずかしいこと」

いざ文章を書こうと自分の高専生活を振り返ってみたら、自分がいかに中途半端な高専生活を送っていたのかを実感した。

部活動も、授業も、それ以外の活動でも、自分は熱くなれず、1年生のとこのことを思い出してみると、今となっては顔から火が出そうになる。

けれど、そんな中途半端で、なにかに熱中する人を冷ややかな目で見ながら、内心は嫉妬ばかりしているような恥ずかしいことこの上ない自分にも、少しは誇れる何かがあった。

例えば友人。

例えば勉強。

こんな自分を見限らず、受け入れて、普通に楽しく過ごせるような場所をくれた友人たちは、自分にとって、何よりも誇れるもので、自分にはもったいないくらいだと思う。こんな自分が孤独じゃないと教えてくれて、馬鹿みたいに笑い合える時間をくれた友人を、心から胸を張って、心の底から胸を張って、語れる。

なんて書いてみたが、それを自分で言葉にして伝えるのは、思春期の20歳にはいささかハードルが高すぎるので、先生がたには申し訳ない限りだけれど、こんな形で伝えさせて欲しい。最も、自分の誇れる友人は、そもそもこれを読もうともしないかもしれないけれど。

長々とこっ恥ずかしいことを、仲間の、友達の誇れる点を誇ってきたので、次は、少しだけ誇れる自分について、少しだけ語ってみることにする。

5年の春、ある学校を見学して、自分はその学校を目指すようになった。

それからの自分の勉強に取り組む姿勢は、ちょっと自分でも誇っていいくらいだっと思う。

偉大で尊敬すべき仲間に比べればちっぽけなモノだけど、このことも、自分の誇りにしたい。

以上の2つしか、こんな自分には浮かばなかったものの、この2つは、誰に恥じる必要もない、自分の高専で手に入れた宝物だと思える。

改めて形にして、ずっと残るものに刻むのはすごく恥ずかしいものの、宝物をくれた岐阜高専に、誇れる友人、仲間に、先生方に、色んな人に。

5年間、お世話になりました。

今まで、ありがとうございました。